アシュタンガヨガ・ドロップバックが怖い理由

2026年2月6日。記念すべきマイルストーン。
ずっとできない、できるわけないと思っていたドロップバックで、初めて床に降りることができた日。

絶対無理だと思って、1年以上の練習は覚悟していた。
床はもっともっと遠いと思っていた。

それなのに、先生の後押しと一言で、「降りてみよう!」という気持ちになれた。

絶対できないと思っていたことが、勇気を持って踏み出してみたらできてしまった。(簡単ではなかったけれど)

足の親指に重心をしっかり感じながら、腰を前に出す。
その状態で床が見えたら、あとは、ふわっと肘を伸ばして降りてみる。

一度降りることができれば、次からもできるような気がしてくる。
この日は踵にマットを入れていたので、やりやすかったこともある。

色々試行錯誤して練習を続けてきて良かった。
50歳手前のこの年になって、「できないことができるようになる感動」を久しぶりに味わった。

絶対無理だと諦めなくてよかった。
完璧じゃないけれど、自分の中にしっかり力がついていたのを実感した。


ドロップバックができたばかりの今

私はもともと後屈が苦手だ。
前屈はとても得意だ。

得意というよりも、5年以上アシュタンガヨガの練習を日々続けているうちに、自然と体が変化し、前屈でべったり頭が足につくようになった。

フルプライマリーはほとんど前屈にフォーカスしているため、練習を続けた効果が体の変化として現れたのだろう。

それでも、どうしても後屈は苦手だ。
昔腰を痛めたこともあるし、腰を反らすことに少しためらいもある。

ウシュトラーサナ、シャラバーサナ、ダニュラーサナも苦手だし、腰が反れない。
ウールドヴァダニュラーサナ(ブリッジ)で自分の動画を見ていても、明らかに背中はアーチになっていない。台形の形で背中が平らなのだ。

自分の骨格では、ドロップバックできるほど体を反らせない。
ずっとそう思っていて、心の底では半分諦めていたのだと思う。

半年前(2025年7月21日)からオンラインでアシュタンガヨガの練習を続けている中で、11月18日、先生から聞かれた。

「Akikoさんは、ドロップバックの練習しないんですか?」

あれほどできるようになりたいと願っていながら、それを行動に移していなかった。
当たり前だけれど、それではできるようになるわけがなかった。

先生に見守られながらドロップバックの練習を始めて3ヶ月。
2026年2月6日。全然完璧じゃないし、綺麗でもないけれど、とにかく降りることができた。


ドロップバック練習の3ヶ月

2025年12月
壁を伝いながら、後屈で床に降りる練習(ドロップバック)。
床に降りたら、壁を使って起き上がる練習(カムアップ)。

2026年1月
壁を外してドロップバックの練習。
骨盤を前に出す意識で後屈していくが、まったく床が見えない。降りられる気がしなかった。

2026年2月
海外のアシュタンガの先生 Joey の動画を参考にしながら、ボルスターを後ろに置いて(安心感のため)、丸めたマットを踵の下に敷いてチャレンジ。いつもより後屈しやすい。

2026年2月6日
ドロップバック成功(初)。
その後、おまじないのように使っていたボルスターやマットを外して練習スタート。

2026年3月14日現在
カムアップが全然できず、毎日練習中。
先生から「ドロップバックを毎日3回降りる」という課題をもらっている。


先生から

「Akikoさん、もう十分力はついています。降りられますよ。あとは勇気を出して、エイやっという勢いも大事」

と言われて勇気づけられた。

自分一人で練習していたら、絶対に諦めていたと思う。
先生から「大丈夫」と後押ししてもらうことの重要性を感じた。

道具を一つ一つ外していくときも、不安と恐怖がある。
先生に後押しされなければ、ずっと壁を使い続けて、壁から離れられなかっただろう。

自分には絶対できない。
まだ今の自分には無理だ。

そう思う心のハードルを無視して、とにかくやってみること。
チャレンジしてみることの大切さを感じている。


最近思うことがある。

私たちの心は、「できない理由」をいくつも考えつく。

ほとんどの場合、私たちはその理由に縛られて、チャレンジできずにいる。

朝起きられないのも同じだ。

朝、布団から出たくないと思う瞬間。
その瞬間、私の心は言い訳を考え出す。

今日は練習を休んでもいい。
明日から頑張ればいい。
あと10分寝てから起きよう。

そうやって二度寝のサイクルにはまってしまう。

心の声に言いくるめられる前に、布団から出る。
そうすると自動操縦で体が起きるモードに変わる。

私はそうやって、この半年、朝4時半からの練習を継続してきた。

オンラインレッスンを始める前は、ずっと一人で家で練習していた。
起きられない日が続くと罪悪感が残り、苦手なポーズをスキップするような中途半端な練習になっていた。

先生に見てもらうようになって、朝起きる理由ができた。
今では朝の練習が楽しみで仕方ない。

練習後の爽快さと、心がスッキリしている感覚。
この朝の時間が何よりも好きだ。


なぜドロップバックは怖いのか

話を戻そう。
ドロップバックはなぜ怖いのか。

私たちは、知らないことや未知のことに不安を感じる。

何が起こるかわからない恐怖。
怪我をしたらどうしようという不安。

特にドロップバックは、本能的に恐怖を感じる動きだと思う。

不思議なことに、今でも降りる前は少しためらいを感じるが、最初の頃の恐怖はかなり減ってきた。

一度降りてしまえば、

「降りても大丈夫」
「怪我をするわけではない」

とわかる。

しっかりと床を支えれば、結局はブリッジと同じポーズなのだ。

ただ、それは降りられた後の話だ。

一度も降りたことがないときは、恐怖と不安があった。
というよりも、恐怖を感じる前に、どこかで自分にストップをかけていた。

今日はここまで。
まだ自分には無理。

そうやって、恐怖を感じるところまで行こうとしていなかったのだと思う。

ブリッジができるのだから、同じポーズに入るだけのはずなのに、足だけで支えている状態はやっぱり怖い。

後ろに倒れそうになる感覚が怖い。

その恐怖と拮抗するように、骨盤を前に押し出してバランスを取ることが重要だ。

理論的に考えても、骨盤が前に出なければ、重力ですぐに頭側に倒れてしまう。

降りるギリギリまで膝は曲げず、できるだけ骨盤の前面を前に押し出す。

胸椎、腰椎、骨盤すべてを使って後屈のアーチを作る。

しっかり足で支えられていれば、頭が落ちることはない。
頭が落ちそうになったら骨盤を前に出す。

そうすると自然に足に体重が乗り、気づくと手が床の近くまで来ている。


本当は体ではなく心が怖い

私たちは日常生活でも、いろいろな恐怖や不安を感じている。

仕事が決まらず無職のままだったらどうしよう。
(これは去年の私が感じていたこと)

環境になじめなかったらどうしよう。
人の輪に入れなかったらどうしよう。

私たちは、まだ起きていないことに対して恐怖を感じる。

でも実際に体験してみると、それほど怖いことではないとわかる。

アシュタンガヨガの練習を続けるうちに、ヨガとは自分の心を客観的に観察する練習なのだと気づいた。

私たちはすぐに最適解を求めてしまう。
AIに答えを聞いて、すぐに答えを知りたがる。

でも本当に知りたい答えは、自分の中にしかない。

自分の心を観察する。
感情の動きを観察する。

どんなことに心が動くのか。
なぜ恐怖を感じるのか。

自分を知る中で、自分の軸のようなものが見えてくる。

子供の頃から私はずっと自分探し迷子だった。

何をやりたいのか。
何になりたいのか。

その答えを求めて、いろいろなことをしてきた。

でも欲しかった答えは、自分の外側ではなく、自分の内側にあると気づいた。

答えがわかったわけではない。
ただ、答えは内観の中にあるとわかった。

だから迷いを感じたときこそ、ヨガの練習に集中する。

すると自然と頭が整理され、自分の方向性が見えてくる。

そんなふうに感じている。


アシュタンガは恐怖と向き合う練習

アシュタンガヨガは、恐怖と向き合う練習でもある。

ヨガスートラにあるように、

ヨガとは心の働きを止めることである。

その意味が、体感として少しわかってきた気がする。

ヨガは自分を客観的に観察する練習だ。

観察していると、自分の心がモンキーのように枝から枝へ飛び回ることに気づく。

この気づきこそが大事だ。

気づかないうちは、その思考に支配されている。

思考の波を観察していると、少しずつその波は静まっていく。

湖に石を投げたときの波紋が、少しずつ消えていくように。

静かな水面に、本当の自分が映る。

ヨガの本当のゴールは、ポーズができることではない。
柔軟になることでもない。

自分への気づき。

心の動き、感情、恐怖を観察し、その思考に飲み込まれずに行動できるようになること。


今の自分の結論

まだカムアップはできない。

でもドロップバックの恐怖は少しずつなくなってきている。

ドロップバックもカムアップも、身体の技術というより、心のブロックを外す練習なのかもしれない。

私はまだ、どこかで「カムアップはできない」と思っている。

先生は「もう十分足の力はある」と言ってくれている。

でもできない。

それは心のどこかで、自分には無理だと思っているからなのかもしれない。

エイやっと勢いを使ってでも、絶対に起き上がるつもりでやってみる。

そうしないと、絶対にできるようにはならない。

ドロップバックとカムアップは、
自分の弱さや恐怖と向き合う練習なのかもしれない。

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