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【練習記録】2026年4月:マットという名の縮図(The Mat Microcosm)

4月は、私にとって忘れられない1ヶ月となりました。
5年以上「自分には一生無理だ」と思い込んでいた壁を越えた瞬間があり、同時に、ポーズができるようになっても変わらない「等身大の自分」を再発見する日々でもありました。
5年越しの境界線を越えて



4月8日、ついにドロップバックの後、カムアップ(後屈から起き上がる動作)に成功しました。
- 「できない」という呪縛からの解放: 5年以上、このポーズができない自分をデフォルトだと思っていました。しかし、足の親指側に体重を乗せ、膝を前に出すという感覚を掴んだとき、体は自然と起き上がってきました。
- 変わらない日常: 念願が叶った感動は一瞬で、すぐに次の課題へと溶けていきました。ポーズが完成しても、私という人間が劇的に変わるわけではありません。しかし、ここまで積み上げてきた「努力の跡」は、確実に私の心の中に残っています。


マットは「今の自分」を映し出す鏡
マットの上で起きることは、日常生活で起きていることの反映でした。
- 体調と向き合う: 膀胱炎、歯の痛み、そして夜の間食による胃もたれ。そんな不調を抱えてマットに立つ日もありました。不思議なことに、深い呼吸に集中している間だけは、それまで気になっていた痛みを忘れることができました。
- モンキーマインドとの対話: 仕事の焦りや他人との比較(Aさんの家が羨ましい、など)が浮かんでは消える時間を過ごしました。しかし、「自分は無知である、自分の考えが全てではない」という意識を持つことで、頑固な自分を少しずつ手放せるようになってきました。
「どこで練習するか」ではなく「どう在るか」
今月は実家のお寺に帰省し、憧れていた環境で練習する機会もありました。
- 日常の尊さ: お寺の静寂や澄んだ空気は素晴らしかったものの、結局一番集中できるのは、いつものマット、そして愛犬や愛猫がいるいつもの空間であることに気づきました。
- 完璧を求めない: スマートウォッチが動かず記録が途切れた日もありましたが、「完璧なレコードを作ることよりも、目の前の実践に100%集中すること」の方が、私にとっては重要だと思えるようになりました。
Die with Yoga:最後の日まで、練習者でいる
4月から指導を再開しましたが、今の私のテーマは「教える人」になることではなく、「最後の日まで一人の練習者でいる」ことです。

- エゴの手放し: 「よく見せたい」「認められたい」というエゴを、練習を通じて一枚ずつ剥いでいく。それは派手ではないけれど、とても大切な作業です。
- カポターサナへの挑戦: 月の後半からは新しいポーズ(カポターサナ)が始まりました。また「できない」と向き合う日々が始まります。
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難しいポーズの時こそ「自分の心を聞かない」というのがコツだと感じます。
自分の心の声に耳を傾けた瞬間、恐怖感に負けます。
毎日の練習が楽しくてしょうがない、この気持ちを大切に、練習をつみかさねていきます。




