【5月の日記】夜明けのリズムに身を委ね、地球という「すみか」で呼吸する
5月。
窓から入る風が少しずつ温かさを帯び、朝の静寂の中に小鳥のさえずりが響く季節。
今月もまた、「Die with Yoga(ヨガとともに生き、死ぬ)」というテーマを胸に、4時20分の静寂から一日を始めた。
夜明けのリズム(Rhythm of Dawn)
私の朝は、思考が動き出す前に始まる。
「眠い」「体が重い」「昨日の食べ過ぎが気になる」
……頭の中を駆け巡るそんな「心の声」を無視して、自動操縦でマットを広げる。
太陽礼拝のダウンドッグで深く息を吐き出すと、肺の奥まで新鮮な空気が入り込み、心と体が境界線をなくして広がっていくのを感じる。
この「夜明けのリズム」こそが、私の日常を支えるメトロノームだ。
「所有」を手放し、地球を住処とする
今月、実家への帰省や日々の学びの中で、一つの確信に至った。
かつては「理想の場所」や「自分のモノ」というラベルに執着していたけれど、実は、今住んでいる場所も、帰る場所も、すべては地球という一つの大きなエリアに過ぎない。
私はすでに地球というすみかを与えられていて、すべてを持っている。
そう思うと、何かに執着し、自分を大きく見せようとするエゴが、少しずつ剥がれ落ちていく。
サットサンガで触れた「人はGive(与えること)でしか成長できない」という教えも、心に深く刺さった。
どれだけ地球からTake(奪う)できるかではなく、この体と時間を使って何をGiveできるのか。
練習は、そのための謙虚さを養う時間でもある。
揺らぎの中の「静止」
今月は体調の波が激しく、膀胱炎の痛みや歯の違和感に悩まされる日も少なくなかった。
そんな時こそ、練習が試される。
カポターサナの深い後屈やドロップバックを前に、脳は「今日はやめておこう」とささやく。
けれど、その声をあえて無視して一歩踏み出す。
不思議なことに、集中が深まり呼吸が安定してくると、あんなに気になっていた痛みや仕事のモヤモヤが、どこか遠い出来事のように静まっていく。
5月の足跡
- ドロップバック: 累計145回。まだ「ふわっと」降りる感覚を模索中だけれど、回数を重ねるごとに、恐怖心が心地よい緊張感に変わってきた。
- カポターサナ: 肘を床につけるチャレンジが始まった。準備に5分かけてもいい。焦らず、自分の呼吸のクオリティを高めていく。
- 心の変化: スランプだと思うのではなく、「今はそういうステージ」だと客観視できるようになった。
最後に
ヨガの練習は、派手なポーズを完成させるゲームではない。 嫌なこと、苦手なことにあえて時間をかけ、繰り返し向き合うことで、脳と心がそれに順応し、やがて心地よさへと変わっていく。そのプロセスそのものが、生きるということなのだと思う。
6月もまた、夜明けの風を感じながら、地球という大きなすみかの上で、淡々と、丁寧に呼吸を紡いでいきたい。