サットサンガでの学び。2026/03/03
今日のサットサンガで、ひとつ気づいたことがある。
発言しようと思った瞬間、
私は「何かいいことを言おう」としていた。
その瞬間、
先生の言葉も、他の人の話も、ちゃんと聞けなくなっていた。
そこにいたのは、
「どう見られるか」を気にしている“自分”。
ああ、これがエゴなんだな、と静かに思った。
今日は発言しなかった。
その代わり、先生の言葉がまっすぐに入ってきた。
本当にすべきことは、外ではなく内側にあった
先生が話していたこと。
「自分のすべきことは、ヨガと瞑想の中で自分を観察することで、少しずつ見えるようになった」
自分というものは、
過去や執着で固められた“ハリボテ”のようなもの。
練習の中でそれを観察し、
少しずつ剥がしていく。
そのプロセスの中で、
本当の自分と向き合えるようになる。
そして、すべきことが自然に見えてくる。
私はずっと、
やりたいことの答えを外に求めていた。
新しい習い事
新しい環境
新しい自分になれば、答えがあると思っていた。
でも今、アシュタンガヨガを練習する中で感じている。
答えは外にない。
最初から、自分の中にあった。
それに気づいていなかっただけ。
「見るもの」と「見られるもの」
もうひとつの大きな学び。
私たちは「見るもの」でありたい。
でも実は、身体や感情は「見られるもの」だということ。
練習の中で、
私は自分の身体を観察する。
痛み
呼吸
恐れ
焦り
それらは“対象”。
それを見ている「もうひとりの私」がいる。
思考も、感情も、癖も、
= 私そのものではない。
それらを観察している存在こそが、
より本質に近い「私」。
この構図が少し見えてくると、
過去への執着や、作り上げた自分の殻が、
ほんの少し剥がれやすくなる。
観察することは、逃げないこと
観察することは、
何か特別なことをすることじゃない。
ただ見ること。
評価せず、演出せず。
今日、私は発言しなかった。
でも、自分をひとつ観察できた。
それは小さな進歩だと思う。
本当の自分に向き合うことと、
すべきことが見えてくることは、
きっとつながっている。
練習は、派手じゃない。
でも確実に、
ハリボテを剥がしていく。
少しずつ。